名古屋高等裁判所 平成7年(行コ)8号 判決 1996年5月15日
控訴人
度會錦吾
同
後藤敏
同
前川幸雄
同
池野雅道
同
永田智男
同
伊藤栄
同
山村晃三
右七名訴訟代理人弁護士
野呂汎
同
井口浩治
同
織田幸二
同
太田寛
同
柴田義朗
同
原田彰好
同
宮田陸奥男
同
冨田武生
同
河合良房
同
矢島潤一郎
同
安藤友人
同
鷲見和人
同
仲松正人
同
山崎則和
同
笹田参三
同
山田秀樹
同
岸本由起子
同
村松いづみ
同
籠橋隆明
被控訴人
岐阜県知事
梶原拓
右訴訟代理人弁護士
渡邊一
主文
原判決を取り消す。
本件を岐阜地方裁判所に差し戻す。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 控訴人ら
主文同旨
二 被控訴人
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 本件許可処分
被控訴人は、御園開発株式会社による岐阜県恵那郡山岡町馬場山田地区一帯の山林をゴルフ場として造成するための開発行為(以下、右開発行為を「本件開発行為」といい、造成されるゴルフ場を「本件ゴルフ場」という。)の許可申請につき、平成五年四月二〇日、森林法一〇条の二に基づく許可処分をした(岐阜県指令森保第一四号。以下「本件許可処分」という。)。
2 本件開発行為
御園開発の計画する本件ゴルフ場の概要は、次のとおりである。
(一) 面積
申請面積 57.3661ヘクタール
許可面積 右同
開発区域面積 117.1044ヘクタール
開発行為をしようとする森林面積
104.6593ヘクタール
(二) 工期
平成五年四月二〇日から平成八年四月一九日
3 控訴人ら
(一) 入会権者
控訴人度會錦吾(以下「控訴人度會」という。)及び控訴人後藤敏(以下「控訴人後藤」という。)は、本件開発行為をする区域(以下「本件開発区域」という。)内に存在する原判決添付別紙第一物件目録(以下「第一物件目録」という。)及び同第二物件目録(ただし、同目録六行目の「字大」を「字大湫」と訂正する。以下「第二物件目録」という。)記載の各土地(以下、第一物件目録記載の各土地を「第一土地」と、第二物件目録記載の各土地を「第二土地」といい、両者を合わせて、「本件土地」という。)について入会権を有している。
(二) 立木所有者
控訴人前川幸雄(以下「控訴人前川」という)、控訴人池野雅道(以下「控訴人池野」という。)、控訴人永田智男(以下「控訴人永田」という。)及び控訴人伊藤栄(以下「控訴人伊藤」という。また、右控訴人四名を「控訴人前川ら」ともいう。)は、原判決添付別紙立木一覧表(以下「立木一覧表」という。)記載のとおり、第一土地上に、立木を所有している。
(三) 水利権者
控訴人山村晃三(以下「控訴人山村」という。)は、本件ゴルフ場予定地の下流において無農薬・有機肥料米(愛農米)を生産している。
控訴人後藤は、本件ゴルフ場予定地から取水し、農業を営んでいる。
控訴人度會及び同後藤は、本件ゴルフ場予定地に近接して居住し、その居住地内の井戸から湧出する自然水を、飲料等の生活水として利用している。
(四) 土地所有者
控訴人後藤は、恵那郡山岡町馬場山田字真菰一一三三番の八、畑、九五二平方メートル(以下「第三土地」という。)を所有しているが、第三土地は本件ゴルフ場予定地に囲まれており、本件ゴルフ場が開設された場合、第三土地への通行ができなくなるおそれがある。
4 本件許可処分の違法性
(一) 本件許可処分は、次のとおり、森林法一〇条の二第二項の定める許可基準に明らかに違反し、かつ、適切な裁量権の行使がされておらず、取消しを免れない。
(1) 水害等の災害
小里川は、山岡町北東部に源を発し、同町内を北東から南西方向へ流れる川であるが、本件ゴルフ場造成予定地を含む小里川上流の森林地帯は、荒廃が進行し、土地の保水力及び緊縛力が著しく低下しているため、小里川水系では、昭和六三年九月、平成元年九月に水害が発生するなど、従来から頻繁に水害が発生している。その上、更に、本件ゴルフ場が造成されることになると、長期間にわたり広範囲で多量の盛土、切土がされ、巨大な規模で土砂移動がされることになるから、工事期間中の当該地域の土地の保水力及び緊縛力がほとんど消滅することになる。従って、本件開発行為は、本件ゴルフ場造成予定地を含む小里川流域において、「土砂の流出又は崩壊その他の災害を発生させるおそれ」(森林法一〇条の二第二項一号)あるいは「水害を発生させるおそれ」(同項一号の二)がある。
右災害や水害が発生した場合、本件ゴルフ場造成予定地の近隣に居住し、米作を行っている控訴人度會及び同後藤は、被害を受けることになる。
(2) 飲料水や農業用水の減少及び汚染
本件ゴルフ場造成予定地を含む森林地帯は、小里川の上流地域であり、山岡町民の飲用水や農業用水の水源地帯である。控訴人度會及び同後藤の井戸も、小里川水系に起源する地下水を利用している。
ところで、ゴルフ場の造成により土地の保水力は大幅に低下するため、晴天が続けば、飲料水や農業用水の減少や渇水をもたらし、長期的には地下水位の低下をもたらすことになる。また、ゴルフ場に大量に散布される農薬、化学肥料及び土壌改良剤等は、河川へ流入し、河川水、地下水、農業用水を汚染し、かつ、富栄養化させることになる。従って、本件ゴルフ場が造成された場合、飲料水や農業用水が減少・枯渇したり、農薬等に汚染されたりして、控訴人度會及び同後藤の飲料水の安定的確保が困難になるとともに、本件ゴルフ場造成予定地周辺で農業を営んでいる控訴人度會、同後藤及び同山村の安定した農作物栽培に悪影響が及ぶおそれがある(特に、低農薬、低化学肥料の愛農米を販売している控訴人山村にとって、上流で農薬を多用するゴルフ場が開発されることは死活問題となる。)。
このように、本件ゴルフ場の造成により。水源の汚染や水量の減少のおそれは非常に高く、本件開発行為は、「水の確保に著しい支障を及ぼすおそれ」(森林法一〇条の二第二項二号)がある。
(3) 環境の悪化
ア ゴルフ場の密集
山岡町においては、本件ゴルフ場のほか既設のゴルフ場が二箇所、申請手続中のゴルフ場が二箇所あり、それらの面積を合算すると、山岡町の総面積に占める割合は十数パーセント、山岡町の山林面積に占める割合は三十数パーセントにのぼることになる。また、小里川水系約三〇キロメートルの間には、本件ゴルフ場を含め計六箇所のゴルフ場が開設又は開設を予定されている。このようなゴルフ場の一地域への密集は、地域の環境、住民の暮らし、将来計画等に重大な影響を及ぼすにもかかわらず、本件許可処分はこれを考慮していない。
イ 農薬等による汚染
本件ゴルフ場に散布された農薬等は、水を汚染し(前記(2)のとおり)、また、飛散、揮散して大地や大気を汚染するので、本件ゴルフ場造成予定地の近隣に居住する控訴人度會及び同後藤に、身体被害を生じさせるおそれがある。したがって、農薬等の汚染源に対する考慮がされるべきであるにもかかわらず、本件許可処分においては、一部農薬についての使用基準を示したのみであり、農薬以外のその他汚染源についての総合的・効果的な対策がなく、何らの総量的規制がとられていない。
ウ 自然環境の破壊
本件開発行為により、森林が大規模に伐採、造成され、自然環境が破壊されることは、この地に住む者にとっては勿論のこと、生態系全般にも計り知れない損害であり、一旦、自然環境が損なわれれば、回復困難となる。また、法に定める基準適合性の評価のためには、鳥類や魚類への影響調査、評価が、最低限必要不可欠である。しかし、被控訴人は、これを自ら実施せず、事業者にも実施させなかった。
(二) また、本件許可処分は、次のとおり、森林法一〇条の二第一項の定める手続に実質的に違反する。
(1) 本件開発行為の許可申請手続において、被控訴人から意見を求められた山岡町長は「住民一致で誘致している」旨の意見書(平成元年一二月二六日付け)を提出したが、これは控訴人らを含む地元住民らの意向に反するものである。
(2) 本件ゴルフ場造成予定地に含まれる本件土地は入会地であるから、右入会地の使用に関し入会権者全員の同意が必要であるが、控訴人度會及び同後藤は同意をしていない。したがって、本件ゴルフ場が造成された場合、同控訴人らの本件土地に対する使用収益権が侵害されることになる。
(3) 控訴人後藤は土地所有者として、控訴人前川らは立木所有者として、本件開発行為に同意していない。したがって、本件ゴルフ場が造成された場合、第三土地は本件ゴルフ場の中に取り残されて孤立し、控訴人後藤が右土地を管理することができなくなるし、控訴人前川らが所有している第一土地上の立木が伐採され、同控訴人らの立木所有権が侵害されることになる。
(4) 本件開発行為のように自然に重大な影響を与える開発行為については、条例の規定がなくとも、環境アセスメントの実施が必要不可欠であるが、本件開発行為においてはこのような手続を欠いている。
5 よって、控訴人らは、本件許可処分の取消しを求める。
二 被控訴人の本案前の主張
1 控訴人らの本件許可処分の取消しを求める原告適格
(一) 行政庁の処分に対し取消しを求めることができる者は、法律に特別の定めがない限り、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれがあり、その取消し等によってこれを回復すべき法律上の利益を持つ者に限られるべきである。そして、法律上保護された利益とは、行政法規が私人等権利主体の個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている利益であって、それは、行政法規が他の目的、特に公益の実現を目的として行政権の行使に制約を課している結果、たまたま一定の者が受けることとなる反射的利益などとは区別されるべきものである。
(二) 森林法は、一条において、同法の目的を森林計画、保安林その他の森林に関する基本的事項を定めて、森林の保続培養と森林生産力の増進とを図り、もって国土の保全と国民経済の発展とに資することと規定しており、同法が個人の権利ないし具体的利益を直接保護するものでないことは明らかである。
(三) ところで、森林法一〇条の二においては、保安林以外の森林にあっても、それが国民生活の安定と地域社会の発展に少なからぬ役割を有していることにかんがみ、開発行為を行うに当たってはこれらの森林の有する機能を阻害しないように適正に行うことが必要であるという観点から、保安林制度と連携を図りつつ、森林の土地の適正な利用が確保されるよう開発行為を知事の許可にかからしめている。この開発行為の許可は、森林法が目的としている森林の保続培養及び森林生産力の増進に留意しつつ、災害の防止、水の確保、環境の保全等森林の現に有する公益的機能の確保を図ることを目的としており、個々人の個別的利益を超えた抽象的・一般的な公益保護を目的としていること(同法一〇条の二第五項も、開発許可の条件は森林の現に有する公益的機能を維持するために必要最小限のものに限り、かつ、その許可を受けた者に不当な義務を課することとなるものであってはならないと規定し、同条の許可が公益的観点からされるべきものであることを明らかにしている。)、他方、保安林制度では、保安林の指定に「直接の利害関係を有する者」は保安林の指定又は指定解除を農林水産大臣に申請でき(同法二七条一項)、右の者が意見書を提出して農林水産大臣に異議を申し出ることができる(同法三二条一項)と規定し、保安林については一般的公益と並んで個々人の個別的利益を保護していると解されるのに対し、開発行為許可制度においてはそのような個別的利益保護の規定が置かれていないことを併せて考えると、右許可は専ら森林が有する公益的機能の保全の観点からされるのであって、森林法一〇条の二の規定は個々人の個別的利益を保護する趣旨のものではないと解すべきである。
(四) したがって、仮に控訴人らが森林法一〇条の二の規定が存在することにより利益を受けることがあったとしても、それは法による反射的利益に過ぎないというべきである。
(五) また、入会林野は、その住民たる入会権者のみによって使用収益されるものであり、地区外の第三者が入ってきて利用することは入会権者の権利を制限することになるから認められない。したがって、控訴人前川らがその存在を主張する立木所有権は、仮に所有権取得原因があったとしても、そもそも認められない。
(六) よって、控訴人らは、本件許可処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有するとはいえず、控訴人らには、右取消しを求める原告適格がないから、本件訴えはいずれも不適法である。
2 固有必要的共同訴訟の成否について
入会権は総有的権利であって、入会林野の管理処分の権限は入会集団に帰属し、個々の入会権者は入会集団の構成員として入会林野の管理処分に参与し、その構成員としての資格から入会林野を使用収益するという個人的な権利を有するにすぎず、入会権の管理処分機能に関する訴訟は、入会権者全員で提起すべき固有必要的共同訴訟であって、個々の入会権者に原告適格を肯定することはできない。したがって、控訴人度會及び同後藤が本件土地の入会権者としての立場から本件許可処分の取消しを求める訴えは、いずれも不適法である。
三 被控訴人の本案前の主張に対する控訴人の反論
1 被控訴人の本案前の主張1について
(一) 森林法は、「森林の保続培養と森林生産力の増進とを図り、もって国土の保全と国民経済の発展とに資する」(一条)という一般的目的のもと、開発行為については、一〇条の二第二項において、開発行為の許可申請を受けた都道府県知事は「当該開発行為をする森林の現に有する土地に関する災害の防止の機能からみて、当該開発行為により当該森林の周辺の地域において土砂の流出又は崩壊その他の災害を発生させるおそれがあること」(一号)、「当該開発行為をする森林の現に有する水害の防止の機能からみて、当該開発行為により当該機能に依存する地域における水害を発生させるおそれがあること」(一号の二)、「当該開発行為をする森林の現に有する水源のかん養の機能からみて、当該開発行為により当該機能に依存する地域における水の確保に著しい支障を及ぼすおそれがあること」(二号)、「当該開発行為をする森林の現に有する環境の保全の機能からみて、当該開発行為により当該森林の周辺の地域における環境を著しく悪化させるおそれがあること」(三号)のいずれにも該当しないと認めるときはその申請を許可しなければならないと、開発許可の基準を定めており、開発行為許可制度が当該森林の周辺地域における「災害の防止」、「水害の防止」、「水の確保」及び「環境の保護」を行いつつ、森林の有効利用を図ろうというものであることは明らかである。
(二) このように、森林法は、右の災害等のおそれを当該森林の存する地域との関係において問題としているのであるから、森林に対する無秩序な乱開発が開発地域のみならず周辺地域において災害、水害、水源枯渇及び環境悪化といった地域住民に対する被害をもたらしてきたことにかんがみ、開発行為許可制度が地域住民に及ぼす災害等の被害を未然に防止することを最大の目的としていることは明らかである。
(三) そのため、森林法一〇条の二第四項は、開発行為の許可に条件を附することができるとして、都道府県知事に開発する者をして確実に同条二項の規定を遵守させるための手段を与え、同法一〇条の三は、都道府県知事に監督権を与えて、開発する者に対する開発行為の中止命令等の手段を与えている。
(四) また、「森林法及び森林組合合併助成法の一部を改正する法律の施行について(開発行為の許可制及び伐採の届出制関係)」(昭和四九年一〇月三一日49林野企第八二号農林事務次官から各都道府県知事あて通達、最終改正平成三年七月二五日)の別紙「開発行為の許可基準の運用について」は、開発許可の要件として「開発行為に係る森林につき開発行為の妨げとなる権利を有する者の相当数の同意を申請者が得ていることが明らかであること」と規定しているが、これは、これらの権利主体が開発行為により被害を被ることを、これらの者からの同意を要求することにより予め防止するねらいが存する趣旨と解される。
(五) したがって、開発行為許可制度が単なる一般的・抽象的な森林の公益的機能ばかりでなく、近隣住民の個別的・具体的利益をも保護するものであることは明らかである。
(六) 本件において、控訴人らは、前記のとおり本件開発行為によって直接的な被害を被る蓋然性が高い。したがって、「個々人の個別的利益を超えた抽象的・一般的な公益」には解消されない個別的具体的利益の侵害が問題となるのであり、控訴人らは、本件許可処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有しているから、控訴人らには、右取消しを求める原告適格がある。
2 同2について
控訴人度會及び同後藤は、本件土地の入会権者としての地位に基づき本件許可処分の取消しを求めているが、右訴えは、いずれも自己が入会権者である資格に基づき個別的に認められる使用収益権に基づくものであって、入会権そのものに基づくものではないから、固有必要的共同訴訟ではない。したがって、控訴人度會及び同後藤は、各自が単独で前記請求をすることができる。
四 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実は認める。
3 同3の事実について
(一) 同(一)の事実のうち、控訴人度會が本件土地について入会権を有していること、控訴人後藤が第一土地について入会権を有していることは認め、控訴人後藤が第二土地について入会権を有していることは否認する。
なお、第一物件目録一、二、一〇記載の各土地は、本件開発区域外である。
(二) 同(二)の事実は知らない。
(三) 同(三)の事実は知らない。
(四) 同(四)の事実は知らない。
なお、第三土地は、本件開発区域外である。
4 同4の主張について
控訴人らの本件許可処分に関する実体的、手続的な違法性の主張は、左記認める事実を除き、すべて争う。本件開発行為は森林法一〇条の二第二項に定める許可基準に適合し、本件許可処分は同条一項の定める許可手続を経てされたものであり、実体的にも手続的にも違法性はない。
(一)同(一)(1)中、小里川は山岡町北東部に源を発し、同町内を北東から南西方向へ流れる川であること、同川で昭和六三年九月、平成元年九月に水害が発生したことは認める。
(二) 同(一)(2)中、本件ゴルフ場造成予定地を含む森林地帯が小里川の上流地域であることは認める。
(三) 同(一)(3)ア中、山岡町には、本件ゴルフ場のほか既設のゴルフ場が二箇所、申請手続中のゴルフ場が二箇所あること、小里川水系約三〇キロメートルの間には、本件ゴルフ場を含め計六箇所のゴルフ場が開設され又は開設を予定されていることは認める。
第三 証拠
証拠関係は、本件記録中の証拠に関する目録に記載されているとおりであるから、これを引用する。
理由
一 請求原因1(本件許可処分)及び2(本件開発行為)の事実については、当事者間に争いがない。
二 控訴人らの原告適格について
1 行政事件訴訟法九条は、取消訴訟の原告適格について規定しているが、同条にいう処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいい、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、このような利益も右の法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。そして、当該行政法規が、不特定多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益として保護すべきものとする趣旨を含むか否かは、当該行政法規の趣旨・目的、当該行政法規が当該処分を通して保護しようとしている利益の内容・性質等を考慮して判断すべきである(最高裁平成元年(行ツ)第一三〇号同四年九月二二日第三小法廷判決・民集四六巻六号五七六頁)。
2 そこで、右の見地に立って、森林法一〇条の二に基づく開発行為許可処分の取消しを求めるにつき原告適格を有する者について判断する。
(一)(1) 森林法一条は「この法律は、森林計画、保安林その他の森林に関する基本的事項を定めて、森林の保続培養と森林生産力の増進とを図り、もって国土の保全と国民経済の発展とに資することを目的とする。」と規定した上で、
(2) 同法一〇条の二第一項は、開発行為をしようとする者は都道府県知事の許可を受けなければならないとし、同条二項は、開発行為の許可申請を受けた都道府県知事は、「当該開発行為をする森林の現に有する土地に関する災害の防止の機能からみて、当該開発行為により当該森林の周辺の地域において土砂の流出又は崩壊その他の災害を発生させるおそれがあること」(一号)、「当該開発行為をする森林の現に有する水害の防止の機能からみて、当該開発行為により当該機能に依存する地域における水害を発生させるおそれがあること」(一号の二)、「当該開発行為をする森林の現に有する水源のかん養の機能からみて、当該開発行為により当該機能に依存する地域における水の確保に著しい支障を及ぼすおそれがあること」(二号)、「当該開発行為をする森林の現に有する環境の保全の機能からみて、当該開発行為により当該森林の周辺の地域における環境を著しく悪化させるおそれがあること」(三号)のいずれにも該当しないと認めるときはその申請を許可しなければならないとして、開発行為許可の基準を定め、その上で、同条三項は、都道府県知事は右の森林の機能を判断するに当たっては、前記「森林の保続培養及び森林生産力の増進」(一条)に留意しなければならないとしている。
(3) そして、同条四項は「第一項の許可には、条件を附することができる。」としつつも、同条五項は、右の条件は「森林の現に有する公益的機能を維持するために必要最小限度のものに限」ると規定している。
右の各規定によれば、森林法は一般的公益の保護を目的としているものと解することができる。
(二) ところで、森林法一〇条の二第二項が前記のような開発行為許可の基準を定めている趣旨について検討してみるに、その趣旨は、当該森林の有する災害防止、水害防止、水源かん養及び環境保全の各機能からみて、当該開発行為によって周辺地域又は森林の有する右諸機能に依存する地域(以下「周辺地域等」という。)に土砂の流出若しくは崩壊その他の災害又は水害を発生させたり、水の確保の著しい支障又は環境の著しい悪化が生ずるおそれがありうることから、このような被害を受けるおそれのある範囲の周辺地域等の公衆の生命、身体、財産及び環境上の利益を一般的公益として保護しようとするとともに、それにとどまらず、周辺地域等に居住し又は財産を有し、開発行為がもたらす災害等の被害を受けることが想定される範囲の関係者の生命、身体、財産及び環境上の個々人の個別的利益をも保護しようとする趣旨を含んでいると解するのが相当である。
なお、森林法は、保安林については、保安林の指定又は解除に「直接の利害関係を有する者」は森林を保安林として指定すべき旨又は保安林の指定を解除すべき旨を農林水産大臣に申請することができると規定し(二七条一項)、また、農林水産大臣が保安林の指定又は解除をしようとする場合には、右「直接の利害関係を有する者」がこれに異議があるときは、意見書を提出し、公開の聴聞手続に参加することができると規定(二九条、三〇条、三二条)しており、保安林制度においては一般的公益と並んで個人の個別的利益をも保護していると解される(最高裁昭和五二年(行ツ)第五六号同五七年九月九日第一小法廷判決・民集三六巻九号一六七九頁)ところ、同法一〇条の二の開発行為許可については右のような規定を置いていないことが明らかであるが、保安林の指定又は解除の場合と開発行為許可の場合とは被害の性質などについては同等に考えることも可能であると解される上、前示一〇条の二第二項の許可基準の定められた趣旨に照らすと、周辺地域等の関係者の個別的利益をも保護する趣旨を含んでいると解するのに支障はないと解される。
(三) したがって、当該開発行為によって、土砂の流出若しくは崩壊その他の災害又は水害を発生させたり、水の確保の著しい支障又は環境の著しい悪化が生じ、被害を受けるおそれのある周辺地域等に居住し又は財産を有する者は、森林法一〇条の二に基づく開発行為許可処分の取消しを求める原告適格を有するというべきである。
3 そこで、以上に基づき、控訴人らが、本件許可処分の取消しを求める原告適格を有するかについて検討する。
(一) 控訴人度會が本件土地について入会権を有していること、控訴人後藤が第一土地について入会権を有していることは、当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、甲第八ないし第一九号証、第二七ないし第四三号証、第四九号証の一ないし四、第五〇ないし第五四号証、乙第一ないし第四号証、第七号証(いずれも成立(原本の存在を含む。)につき争いがないか、又はそれを認めることができる。)、当審における控訴人後藤敏本人尋問の結果並びに弁論の趣旨を総合すると、次の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。
(1) 控訴人度會及び控訴人後藤は、本件土地のうち、同控訴人らに割り当てられた部分において、植林及び椎茸原木の採取等を行っているところ、本件土地のうち第一物件目録三ないし九、一一、一二記載の各土地は本件開発区域の範囲内に所在し、その余の本件土地は本件開発区域の近隣に所在している。
(2) 控訴人後藤は、本件開発区域の下流である南方約一〇〇メートルの位置に建物を所有し、同建物に居住して生活し、同建物付近に設置している井戸から湧出する自然水を飲用等の生活用水として利用している。また、同控訴人は、第三土地を所有し、同土地に植林をしているが、同土地は、本件開発区域にその周囲の大部分を囲まれる位置関係にある。
(3) 控訴人度會は、本件開発区域の下流である南方数百メートルの位置に居住し、同居住地域内の井戸から湧出する自然水を飲用等の生活用水として利用している。
(4) 控訴人山村は、本件開発区域を水源とする小里川から取水して農業を営んでいる。
(5) 控訴人前川らは、立木一覧表記載のとおり、第一土地上に、立木を所有している。
(二) そして、本件開発行為は、前記のとおり、申請面積・許可面積57.3661ヘクタール、開発区域面積117.1044ヘクタール、開発行為をしようとする森林面積104.6593ヘクタールに及ぶゴルフ場造成のための開発行為であること、本件ゴルフ場造成予定地を含む森林地帯が小里川の上流地域であるところ、同川約三〇キロメートルの間には本件ゴルフ場を含め計六箇所のゴルフ場が開設され又は開設を予定されていること、小里川で、昭和六三年及び平成元年に水害が発生していることは当事者間に争いがなく、他方ゴルフ場造成工事には、かなりの期間と範囲にわたり盛土、切土がされ、土砂が移動されること、ゴルフ場造成による森林の減少で土地の保水力が低下することは否定できないことは当裁判所に顕著な事実であり、右各事実と前記(一)に認定した事実関係によれば、もし、本件許可処分が前記開発許可の基準に反する違法なものであるときは、これに基づく本件開発行為がされることによって、本件開発区域内の土砂の流出若しくは崩壊その他の災害又は水害を発生させたり、水の確保の著しい支障又は環境の著しい悪化の生ずるおそれがあり、その場合、控訴人らはその生命、身体、財産を侵害され又は必然的に侵害されるおそれがあるものと認めるのほかない。
よって、控訴人らは、本件許可処分の取消しを求める本訴請求において、行政事件訴訟法九条所定の「法律上の利益を有する者」に該当するものと認めるのが相当である。
三 被控訴人の本案前の主張2について
被控訴人は、入会権は総有的権利であって、入会林野の管理処分の権限は入会集団に帰属し、個々の入会権者は入会集団の構成員として入会林野の管理処分に参与し、その構成員としての資格から入会林野を使用収益するという個人的な権利を有するにすぎず、入会権の管理処分機能に関する訴訟は、入会権者全員で提起すべき固有必要的共同訴訟であって、個々の入会権者に原告適格を肯定することはできないから、控訴人度會及び同後藤が本件土地の入会権者としての立場から本件許可処分の取消しを求める訴えは、いずれも不適法であると主張する。しかし、本訴請求は、同控訴人らが、入会権に基づき認められる個別の使用収益権を、行政事件訴訟法九条所定の「法律上の利益」の根拠として、森林法一〇条の二に基づく開発行為許可処分の取消しを求めるものであり、入会権存否確認請求訴訟のように、訴訟の目的が入会権者全員に合一に確定すべき場合ということはできないから、これを入会権者全員のみによって訴求すべき固有必要的共同訴訟と解することはできない。したがって、被控訴人の前記主張は採用できない。
四 以上によれば、控訴人らの被控訴人に対する本件訴えを却下した原判決は、失当であるからこれを取り消し、本件を原審に差し戻すこととする。
よって、民事訴訟法三八八条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官渋川満 裁判官岡本岳 裁判官玉田勝也は、転補につき、署名捺印することができない。裁判長裁判官渋川満)